異次元への旅
ぶっせつまかはんにゃはらみたーしーんぎょうかんじーざいぼうさー。
ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー。しょうけんごーうんかいくう。どーいっさい
くーやくしゃーりーしー。(*1)
祭壇にもうけられた父の位牌の前でお坊さんが唱えるお経に親族の人々
が唱和して、卒然と精神的抑圧から解放された空間が広まった。
しきふーいーくう。どーいっさいくーやくりーしー。しきふーいーくー。
くうふーいーしきしき。そくぜーくうくうそくぜーしき。じゅそうぎょうしき。やくぶーにょ
ぜー。しゃーりーしー。ぜーしょーほーくうそう。ふーしょうふーめつ。ふーくーふ-じょう。
ふーぞうふーげん。ぜーこーくうじゅう。むーしきむーじゅそうぎょうしき。むーげんにー
びーぜつしんにー。
唱える言葉が異次元の父に届くのならこの言葉に自己の精神を乗せたなら、
その世界に運ぶことができるのだろうか。祭壇の前には御仏達を描いた見事な仏画が掛け軸と
して飾られていた。ちょうど1年前になくなった父。久しぶりに帰った故郷は懐かしくも有り、
よそよそしくも有った。飼われている中型犬は私を懐かしそうに、嬉しそうにしっぽを振り振り
迎えてくれた。(又散歩に連れてってやるからな。)むーしきしょうこうみーそくほう。むーげ
んかい。しーむーいーしきかい。むーむーみょう。やくむーむーみょうじん。ないしーむーろー
しー。やくむーろうーしーじん。むーくーじゅうめつどう。むーちーやくむーとく。いーむー
しょうーとつこー。ぼーだいさつたー。
周りの畑では見事に色づいた柿が晩秋の雰囲気を演出していた。川岸に白い
穂を出したススキの群生。川原の枯れた木。 山々は晴れた空の下青く沈黙していた。
読経に己の心を乗せて運んでみようと精神を統一し、遙か異次元へと己を運ぶ。
えーはんにゃーはーらーみーたーこー。しんむーけーげー。むーけーげーこー。むーうーくーふー。
おんりーいっさい。てんどうむーそう。くーぎょうねーはん。さんぜーしょーぶつ。えーはんにゃ
ーはーらーみーたーこー。とくあーのくたーらー。さんみゃくさんぼーだい。こーちーはんにゃー
はーらーみーたー。
青々とした松林が白い砂浜に広がり、遠く太平洋より流れ来た潮が波打ち返す。
岩陰で水着に着替え、焼けるような砂浜を走り冷たい水に足を浸す。沖に泳ぎだしやがて仰向けに
なり波に身を任せ空を眺める。広く高く、どこまでも思念の届く限りの高さが広がる。いや、それ
以上の高さが、奥深さが私を吸い込みそうで恐怖を覚える。海は青く広がり、空は青くどこまでも
広く高く。
家に帰ると父母が忙しそうに働いていた。毎日お米を炊いてご飯を作るのが私
の仕事。日々が同じように繰り返される。
ある日、山の小道を歩いていると、前方から少女達の笑い声が聞こえてくる。
と思う間に目の前に同い年くらいの少女の一団が現れる。その中ですらりとした背丈の美しい少女が
私の方に目を向け会釈をして傍らを通り過ぎる。おかっぱで切れ長の目の少女。私と小学、中学、
高校と同じ学校に通っている少女。胸のときめきが私を恥ずかしがらせる。
少女達のさざめきがやがて遠ざかっていく。狭く急な山道を頂上めがけて登る。山の登り口で良く
「目白」を鳥もちで仕掛けて捉えたのをその時思い出す。鳥かごを掃除している際、目白を逃がし
たのを思い出す。青い空に素早く飛び去っていく鳥、呆然と見送る私。籠の中の少なくなった鳥た
ちを見る。寂しさと悔しさが頭をよぎる。その時、飼っていたジュウシマツのつがいに寝坊してあわ
てて学校に行ったために餌をやり忘れ、帰ってきた時にはすでに2羽とも死んでいたのを思い出す。
そしてずっと泣いている私。この山で自由に暮らせたものを死なせた後悔が私を包む。緑濃い木々が
優しく私を包んでくれる。風さえもそっと私を癒してくれる。
あの少女とも、もうお別れだ。私はこの町を出て行く、思い出を懐にそっと仕舞って。
それまで、毎日毎日日々変わらず優しさに満ちた平凡な一日が過ぎていく。
空は青く晴れ渡り、辺り一面を菜の花が咲き乱れ、天国のように明るいその中を、
私は母に負ぶわれて暖かい太陽の光の下で心地よく浮かれてる。その時、突然爆音が響きグラマン(*2)
がこちらに向かって機銃掃射を仕掛けてきた。明るい空間に黄色い花が一面に飛び散り私を背負った母
はその中を逃げまどう。紡績工場が一つしかないようなこんな小さな港町も時の狭間に隠れることはで
きない。狭く暗い防空壕の中で恐れて泣く私を敵機に聞こえると叱咤する大人達の狂気。冗談じゃない、
エンジンが唸っている爆撃機に聞こえるものか。爆弾は数百メートル離れた紡績工場に落とされた。破片
がパラパラと町の中に降る。
山の上から見下ろす海は暗く又明るくその縞模様の潮の流れを私は飽きず眺めている。
私の眼下には赤い鳥居が海の中に沈んでいるのが微かに見える。神の怒りにふれて沈んだ島。祀られている
像の目が赤くなると島が沈むと言い伝えの有った島。その昔、人々が古よりの言い伝えを守り、平穏に暮ら
していたその日々、誰かがいたずらをしてその象の目を赤く塗った為に沈んだと伝えられる鳥居。
平和の日々が、何時も中断されるこの星の住人は、平和に生きることを望んでいないようだ。
ぜーだいじんしゅー。ぜーだいみょうしゅー。ぜーむーじょうーしょう。ぜーむーとうどうしゅう。
のうじょうーいっさいくー。しんじつふーこー。こーせつはんにゃはーらーみーたーしゅー。そくせつしゅわつ。
ぎゃーてい はーらーぎゃーてい はーらそうぎゃーてい
ぼうぢそわか はんにゃしーんぎょう
読経の終わりとともにこの世に舞い戻った私がいた。外の庭では飼い犬がおとなしく座り読経の音を聞いて
いたようだ。庭の外を誰も通らなかったのだろうか。番犬として忠実なこの犬の吠え声が聞こえなかった
ようだが、それとも異次元空間を彷徨っていた私にはその吠え声は聞こえなかったのだろうか。
今日もイラクで戦闘が続いている。
'03.12.2 記
注:*1 大中山 金龍寺発行 真言宗仏前勤行次第より
*2 太平洋戦争時の米国の戦闘機詳しくは下記URL中Photo Gallery参照。
http://odn.excite.co.jp/world/url/?wb_lp=ENJA&wb_url=http%3A%2F%2Fwww.grummanpark.org%2F&wb_dis=2&wb_co=excitejapan
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