故郷
街路樹の銀杏並木の葉が黄金にきらめき、
時折の風にさらさらと散り、歩道を埋める。
そんな季節の上を歩く。
銀杏の葉の幾重もの重なりが、優しく心を慰
める。遠い記憶を呼び覚ます。
小さな町の小さな川のほとりにある大きな
銀杏の木の落ち葉が乾いた地面の上で色鮮や
かに敷かれていた。一枚二枚三枚と形の良い
葉を拾い画用紙や机の上に並べた記憶。
その大木に顔を埋めた鬼さんとの隠れんぼ。
何時の間にやら落ち葉拾いをしなくなった
年頃の少年期。
遊び場所も程なく路地となり、けんけんや
かごめかごめの後、遊び疲れて歌の上手な女
の子の歌を聴いて心ときめかしたその頃。
高校に通う頃には銀杏の大樹も道ばたの風
物と化した。
小学校時代、ずっと私を見ていた女の子が
いた。中学校時代、何時しかその子を私は意
識していた。高校時代は今度は私がずっと見
ていた。背が高く形の良いしっかりとした足、
運動会では何時も一等をとっていた。成績も
優秀でクラスでは何時も首席であった。何の
取り柄もない私にとっては近寄りがたい存在。
そんな中でも一緒のグループとして遊ぶ事が
出来た。友達の家でトランプしたり、しゃべ
ったり。時には小学校の音楽室を借りて一緒
に歌を歌ったりした記憶がよみがえる。
しかし、その人には直接話しかけたことが
一度もなかった気がする。周りの或る一人の
女友達の名前を何時も呼び捨てにして苦情を
もらった。その他の女友達ともちゃんと話が
出来たのだが。
ある夏の暑い日、私と男友達と、その人と
もう一人の女友達と4人で山に囲まれた松林
のきれいな海岸へ泳ぎに行った。男友達はク
ロールが上図でかの人の手を取って教えてい
るのを見ているとうらやましくて、自分がつ
まらなくてちょっと沖に出ていくと言って沖
の方へ泳いでいった。遙か豆粒大になるまで。
でも、沖は潮の流れが速くちょっぴり怖かっ
たので潮の分かれ目の手前で止まり波を枕に
浮いていた。青い空を眺めて。
どれだけ経っただろうかふと海岸を見ると
三人がずっとそこに立ちつくしたままこちら
を心配そうに眺めていた。私は罪悪感にさい
なまれながらも、又彼女が心配そうにこちら
を見ているのが嬉しかった。
高校を卒業と共にそれぞれ別れていった。
そして数年後その人が結婚をしたと風の噂に
聞いた。
何年か後、今にも雨の降りそうな日の午後、
その海岸を訪れた。山の際から海岸線まで広
がっていた松林は開発のために小さくなり、
かって松林の中でバレーボールをしたり、鬼
ごっこをした広々とした木々の空間はなかった。
海は黒くうねり、やがてくる駿雨を予感して
風を呼ぼうとしていた。わずかな松の木の間
を抜けて、折から降り出した小雨に侘びしく
けぶる海を眺めた。すべてがモノトーンに沈
んでいた。そんな海がかわいそうだった。
真夏の光を浴びてキラキラとした青春まった
だ中の海が好きだった。白い砂浜いっぱいに
青々と茂る松原が好きだった。
結婚して何年か経ったある日、夢枕に故郷
に居る彼女のお兄さんが現れ「‥子が帰って
きたよ」と告げた。胸が苦しく汗をいっぱい
かいて目覚め、夢と知った。
どうしたのだろうか。まさか死の告知では
なかろうな。離婚して帰ってきたのだろうか。
すべては想像の域を出なかった。
いったいどうした夢なんだろうか。すべて
は虚しく時の流れに。
故郷より送られてきた渋柿が軒端に干し柿
として吊され朝日に赤々と輝いている。晩秋
ももう終わろうとしている。寒く冷たい冬。
遠い昔、父親に手を引かれて降り積もった雪
の中を歩いた情景をふっと思い出した。その
父もこの秋の或る朝なくなった。
すべてが或る目的へゆっくりと変化してい
た。
'02.12.5 記
散文・目次